その方は、なぜ「怖さ」という表現を選んだのだろう?
年末年始、ふと考えていて、
ひとつの気づきに辿り着きました。
謙遜するときに使う
「恐れ多い」
「恐れ入ります」
という表現がありますよね。
これらの言葉に含まれる「恐れ」の文字。
謙譲語としての「恐れ」が、
「怖れ」となり、
「怖さ」という表現になったのではないか。
そんなふうに想像したのです。
ちなみに「恐れ入ります」は、もともと
「畏れ入ります」。
「恐れ多い」も、本来は
「畏れ多い」だったそうです。
「畏」という字が示す通り、
偉大なものに対する畏怖(いふ)の念
が根底にあるようです。
日本は、相手の意図を察する文化です。
けれど、言葉の選び方を少し間違えるだけで、
話し手と受け手のあいだに、
意図しない文脈が生まれてしまうのですね。